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琵琶法師の毛づくろい


by miminashibiwa

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アモンティリャード


新宿ベルクの前を通るとエレキギターの音が。店の外にも長蛇の列。ライブをやっている。中で踊っているのは、もしやストリッパーの牧瀬茜嬢ではないか!以前彼女のライブをここベルクで見たが、今日は偶然。店の中は満員で、みなさんカメラや携帯をダンサーに向けている。狭い中を人をかき分けるように踊る牧瀬茜嬢。私も中に入り生ビールとツマミを頼み、置ける場所を確保。と、突然セリフを言い出したり歌をうたい出す牧瀬茜。何だか親戚のおじさんのように緊張した、一時間以上続いたパフォーマンス。頑張ってるな。ライブは衣装を着て踊っていましたが、壁には沖縄の海に潜る裸身の牧瀬茜の写真パネル!

投げ銭興行?で、帽子が回ってきた。ちょっと知り合いなもので、あとで握手。踊った後のせいか、手がしっとり濡れていた。

その後テーブルを確保。牧瀬茜嬢は他のお客さんと少し離れた席へ。離れて見ていた。
何だか得したような、いい日だな〜。暑い中、新宿へ来た甲斐があった。

しばらくビールを飲んでいたが、メニューにアモンティリャードを見つけ頼む。
アンダルシア・バロン 十年熟成 中辛口「バロン・ミカエラ・アモンティリャード」

ちょうどポーの「アモンティリャードの酒樽」を読んでいて、アモンティリャードが飲みたくなっていた。
有楽町のシェリークラブに行くとシェリーの飲み比べをしたが、いったい何を飲んだものやら記憶にない。

むかしバルセロナの酒屋で地元のおっちゃんたちと立ち飲みしていて、三杯目に樽から注いでくれたのは旨かったな〜。あれがアモンティリャードだったと信じているんだが。
「これ本当にワインか?」なんて片言で聞いてると、足許のショルダーバッグが消えていた。おっちゃんたちの目は、なぜか焦点をぼかしてうつろになってる。ランチでワインをボトル一本空けた後で、今も三杯目、頭も酒でぼんやりしてる。しかし、バッグはないようだ。これひとつでひと月以上ヨーロッパを旅行しているのだからさあ大変!(続かない)

# by miminashibiwa | 2018-08-06 00:49 | 耳ざわり通信

黒猫

「黒猫・白猫」という映画があった。
エミール・クストリッツアという監督の作品で、名前はなかなか覚えないが、「アンダーグラウンド」を見た時の興奮は忘れない。始まってすぐ映画が始まったと思った。映画なんだから映画が始まるに決まってるじゃないかというなかれ。ああ映画が始まったと思えるのはホントに少ないのだ。この説明はいつか。
「パパは出張中」「ジプシーのとき」「ライフ・イズ・ミラクル」「オン・ザ・ミルキー・ロード」は観たかな?どれも映画で、「黒猫・白猫」含めこの監督の映画はとても好き。

「黒猫」という小説があった。
エドガー・アラン・ポーという作家の怖い話で、ご存知の方も多いだろう。ポーは有名だから、いろいろ読んだ人もいるだろう。以前分厚い三巻の「ポオ全集」を持っていたが、20年ほど前の引っ越しの時に売ってしまった。
8月にポーを読まないかという話が持ち上がった。こんな時はしまったと思ってしまう。
文庫を二三冊持っているのだが、いつものごとく何処にあるか分らない。
早速、本屋・古本屋・図書館へ行き買い、借り、調べ、読む。読む。

「黒猫」だけでもいろんな人の訳がある。現在三人の訳を読んだが、けっこうイメージが変わる。
そう考えると、シェイクスピアもそうだが、翻訳の力は本当に大きい。

さて、誰の猫を読もうか?考えるだけで怖くなる、猫の怨念。

蛇足
「決定版・十一ぴきのネコ」という舞台があった。
私はドライヤー怖いのニャン七という役名を賜った。全国で100ステージ以上上演した。
腹を空かした猫たちが食べ物を求め旅に出る。最後に大きな魚を見つけ、格闘してこれを捕えて食べる。ところが毒にまみれた魚だったため全員死んでしまうという、24曲歌って踊っての芝居だった。

いまもむかしも現実の事だというのが辛い。

# by miminashibiwa | 2018-07-27 23:49 | 耳ざわり通信

TO BE

先日読んでいた演劇雑誌「悲劇喜劇」7月号に、河合祥一郎作「ウィルを待ちながら」が載っていた。4月に富山県高岡市まで「桜の森の満開の下」を観にきてくれた役者高山春夫君が、田代隆秀さんとのふたり芝居。ベケットの「ゴドー待ちながら」を枠にして、ふたりでシェークスピアで遊ぶ。「勝負の終わり」は分ったが、「クラップの最後のテープ」は気付かなかった。聞けばナーンダ。もうひとつベケットが隠れていたけど、ちょっと無理があるか?
授業があった小田島雄志先生のシェイクスピア全集は、出る端から買って全巻揃っているのだが、いかんせん怠け者の役者は40年経っても読み進められない。小田島訳で上演したのは「ニナガワ・マクベス」だけか。演舞場の「オセロ」は誰の訳だったのだろう?三度やった蜷川幸雄演出「ハムレット」は松岡和子さんの訳だった。こないだ読んだ「ロミオとジュリエット」は河合祥一郎訳だし、「テンペスト」は松岡訳。つい軽い文庫を手にしてしまう。でも、なんとか小田島雄志訳読もう!宝の持ち腐れにしてはいけない。

で「ウィルを待ちながら」は、山のようなシェイクスピアの台詞遊び。ほとんどの戯曲を知らないから、観に行ってもしんどいと思い躊躇していたが、ふたりの芸を観に行けばいいのだと思い直し行ってみた。暑い日だった。
田代さんはほとんどのシェイクスピア劇に出演している役者。身体が自動的にシェイクスピア劇になるのが可笑しい。高山君の土着的な身体と相まって、面白い。当て書きではあるが、いい組み合わせだと思った。

観ていて困ったのがマクベスやハムレットの台詞で、何ヶ月何年も聞いていた台詞なので、河合祥一郎さんの台詞に身体が反発するのだ。「えっ、その台詞違う!」と。シェイクスピアの英語の台詞は変わらないだろうが、日本語の翻訳は時代と共に変わるし、河合さんは今シェイクスピア翻訳を手がけているので当然私の知っている台詞と違うわけだ。分っちゃいるけど、身がよじれる感覚を味わう。

小田島訳が多かった田代さんは、大変だっただろうと想像する。
亡くなった平幹二朗さんなんかは、何人の翻訳でハムレットをやったのだろう?

いつか河合祥一郎訳のシェイクスピア作品に出て、身体に沁みるほど台詞を覚えてみたいものだ。



# by miminashibiwa | 2018-07-25 01:30 | 耳ざわり通信

ヨネクラジムアパートの青春

山手線の目白と池袋の間、西武池袋線の池袋から出てすぐのところ、ちょうど山手線と西武池袋線が交差しているところに、米倉ジムはあった。1階がボクシングジム、2階がアパートになっていた。
目の高さを西武池袋線が走り、下を山手線が走っていた。以前はすぐそばに、唯一山手線を渡れる遮断機があった。冬の朝には雪を被った貨物列車が通ったりした。

去年Tからジムが無くなるらしいと聞いていた。一度行って見ようと思いながらそのままになっていた。12月に芝居の公演で池袋から秩父に行く時、レッドアロー号の車窓からジムを見ようと思っていたのに、気づくと通り過ぎていた。

先日、役者のKから動画が送られてきた。米倉ジムアパートが更地になっていくところが写っていた。「青春時代の米倉ジムが消えている !!」というコメントが付いて。

そうか、「我が青春の、我らが青春の米倉ジムアパートか!」

ここに最初に住んだのは、高校の先輩で建築科の学生だったNa。
彼が目白の不動産屋で部屋を探すのに付き合い、女子学生ばかりが住むアパートと米倉ジムアパートが紹介された。私は当然女子学生がいるアパートがいいと思ったが、Naは私が一緒だったせいかボクシングジムのアパートに決めた。六畳一間だが、広くて天井も高く、押し入れが大きくて窓が大きい。管理人夫婦と子供、クラブで働く夫婦と子供、父娘かと思ったら違ったふたり、練習生、6部屋はあったろう。もっとあったか?

当時、昭和50年頃の目白駅前は古いマーケットがあって活気があった。夕方の橙色の電灯に映し出されたマーケットは美しいものだった。のちに外国に行った時に出会うようなマーケットだった。米倉ジムも柴田国明やガッツ石松が活躍している頃で、近々マンションに建て替えるからその時は出て行って欲しいと言われていた。

Naの次に入ったのが,演劇科の学生だった私と法学部の学生だったT。やがてTが出て、わたし一人。それから同郷のサラリーマンのNiが入り、やがて結婚で出る。次に画像を送ってきた役者のKが入り、私の同期生の役者Yが入り、法学部の学生から小説家志望になったTが再び入った。私の知っているのはこんなところか?

同じ部屋に友達が何人、何年に渡って住み続けたのだろう?自分も何年住んだのか?

Tと一緒に住んだ頃は、近くにいた従兄弟のIもよく来たし、Kも自転車を飛ばしてきた。
隣りには可愛い女の子が住んでいて、時々ふらっと入ってくる。まだ学校にも通っていないので、来ると牛乳を飲ませてやった。親の仕事のせいで宵っ張りの子供だった。

管理人でトレーナーの松本さんは、私が学生のときに桐朋学園の演劇科の金曜講座に講師として来たこともあった。私がボクシングジムのアパートに住んでいたので、ボクシングをしていると思ったものも多くいた。

金はなかったが、当時ジムに住んだみんなに恋があり夢があり、友達があり、不安と根拠のない自信と裏切りと破局と、青春につきもののあらゆるものがあった。その中身は、痛くてとても書けない。

ネットで米倉ジム閉鎖のいきさつを読む。昭和がここでも終わりを告げた。

米倉ジムは終わったが、書いているうちに私の米倉ジムアパートの青春が急に甦ってきてしまった。

暑くて60度の泡盛「どなん」を独りでひと瓶空けた夏の一夜もあった。もう40年も経った。今夜は30°の「どなん」をひと口舐めて忘れよう。ああ暑い、暑い。青春は熱い。火傷(やけど)する。

# by miminashibiwa | 2018-07-17 01:55 | 耳ざわり通信

辿り着けない

先日の東京は小雨で、何となく下高井戸シネマを検索したら「グレーテスト・ショーマン」をやっていた。サーカスプロデューサーの映画で、サーカスの呼び屋の大島さんからお勧めメールが来ていたが見逃していた。どこかでやっていないかと思ったら、下高井戸でその日まで。久し振りに下高井戸へ。ホームから映画館を確認。早く着いたので駅前市場の豆腐屋と魚屋に寄る。厚揚げちりめんじゃこ桜えびを買う。映画を観ないのだったら、刺身を買って帰るところだ。いい街だ。
ドトールで珈琲を飲みながら、来る前に買った演劇雑誌「悲劇喜劇」の特集『井上ひさしの狂気と天才』を読む。別役実『芸能と文学の統一という偉業』の「井上氏は・・・野坂(昭如)、五木(寛之)、永(六輔)のような『甘さ』がなかった。」という一文にドキリ。

井上ひさしとシェイクスピアを読みたくなった。

上映15分前に喫茶店を出て、3分あれば楽らく着くはずの下高井戸シネマが見当たらない。以前、辿り着けぬ失態をしていたので焦る。学生の頃から時々来ているが、最近は危ない。あちこち走り回り5分前に到着。来てみれば、なんだと言うことなのだが。

辿り着けないのは私だけなのだろうか?見えていたのに辿り着けない不安。改札を出てすぐ映画館に向かえば問題なさそうにも思えるが、空間把握が希薄なのか、迷子になりやすいのか、老化現象か、その全てなのか辿り着けない。
人生や仕事において、見ているのに、見えているのに行けない事や出来ない事、手に入れられない事はよくあるだろう。だからといって映画館を見付けられない言い訳にはならないか。

で、「グレーテスト・ショーマン」は面白かった。気になる事はあるが、たっぷり映画に浸った。ミュージカル映画はあまり観ないのだが、先日は素直に観た。映画「地上最大のショウ」や亀井俊介著「サーカスが来た」、映画「フリークス」や日本の見世物小屋を撮ったドキュメンタリー映画を思い出す。
サーカスと見世物小屋を一緒にしたものに近いかもしれない。
最近テレビでサーカス一座のドキュメンタリーを立て続けに二本観ていたので、こちらの映画は豪華なものだが、寂しさと華やかさといかがわしさと純粋と差別と尊敬と家族的強い結びつきと離反と危険と開放感と暴力と愛と誇りと嫉妬と崇高と何もかもを、まるごと鍋の中に投げ込んだ同じ匂いを感じる。歌にもやられる。映画が終わった後の「ビハインド・ストーリー」にも泣かされた。
外ではどんな蔑みを受けても、丸い舞台(リング)の中では、身体の歪みも巨人や小人というサイズも、性も出自も身体の色も国籍も差別されない。驚き、恐怖、美、笑い、感動を与えられれば。

さて、私はリングに辿り着けるか?

# by miminashibiwa | 2018-07-16 01:00 | 耳ざわり通信