琵琶法師の毛づくろい


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相模大野にて「方丈記」リハーサル

2016年3月1日(火)
相模原南市民ホールにて、「琵琶の秘曲でつづる平成絵巻『方丈記』」のリハーサル。
鴨長明が亡くなって八百年後の祥月命日、今年の閏六月十日(他日の説あり)に行う、相模原南市民ホール公演のリハーサル。雅楽の琵琶の塩高和之さん、5弦ウッドベースの水野俊介さん、映像のヒグマ春夫さん、わたしの四人が集まる。撮影も兼ねて行う。前日、キッド・アイラック・アート・ホールで一度語っていたので、ことばはほぼ出て来た。照明も入り、このホールは気分がいい。チラシの案など見せてもらい、ホールの人たちと次回のリハーサルの課題など話し、本日終了。
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# by miminashibiwa | 2016-03-05 01:11 | 耳ざわり通信

「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.75」出演

2016年2月29日(月)
19時半、明大前駅下車のキッド・アイラック・アートホールにて、「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.75」に出演。「方丈記」と映像のコラボ。のはずだったが・・・
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準備中の写真。背中は、今日出ることになったダンサー小松睦(こまつむつみ)さん

会場に行くと、今日はダンサーも出ると告げられた。最初出演を打診された時はそう聞いていたが、チラシにも載らなかったので映像と「方丈記」語りのコラボになると思っていた。
しばらくして小松睦さんが来る。私の出(で)のタイミングと最初の立ち位置を決める。小松さんは客席にいて、そこから出て来ることに。リハーサルは無し。彼女もストレッチをするだけなので、どんな動きをする人なのか分らない。前で動かれると台詞が出て来るのかどうかは、やってみなければ分らない。さてどうなるかと思ったが、本番は、自分も動いたり、出て来た小松さんを利用して語ったり、舞台上の作品を話の内容に見立てたりして、面白い経験をした。小松さんも自分が自由に踊るというのではなく、言葉や言葉の音、原文のリズム、ヒグマさんが出す音に身を傾けていた。彼女も私のやったことが分り、共演は面白かったと言っていたので、舞台上の交換は私の思い過ごしではなかったことになる。

終演後「坊さんの前に女が飛び出して来て、急に生臭くなった」と言った人もいた。

北里善之さんの批評が出ています。

他の人の感想も。

1999年の映画「雨あがる」で、佐藤勝さんの作曲の手伝いをした方がこの日の打ち上げにも来ていて、台本の準備稿を見せてくれた。私も出演しているが、役者の名前がまだ誰も書かれていなかった。そんな映画の話しをしていたら、3月2日の夕方にBSで「雨あがる」が放映され久し振りに観る。馬木也が若侍役で私の目の前にいたのには驚いた。

この日は、終電で帰る。
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# by miminashibiwa | 2016-03-03 23:30 | 耳ざわり通信

むかしありし

2016年2月22日(月)
茗荷谷の拓殖大学にて、社会人基礎力養成グランプリ2016決勝大会出場の、京都産業大学小林一彦ゼミの小林一彦教授に会いに行く。6月30日に西宮の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで「琵琶の秘曲でつづる平成絵巻『方丈記』」上演の際、服部祥子氏と対談をしていただくことになっている方だ。2012年にNHK Eテレ100分de名著「方丈記」の講師をしていた方だから、覚えている方も多いと思う。YUKIプロデュースの吉岡さんと、大会の休憩時間に挨拶させていただく。いろいろご協力をお願いし、先生からも嬉しいご提案をいただく。思わぬ展開になるかもしれない。

長らく通っていた道だが、拓殖大学に入るのは初めてだった。外からの景色も、外の景色もずいぶん変わってしまった。駅までの帰りも、道を間違えたかと思ったほどだ。

茨木のり子の書いた、詩人の評伝1「貘さんがゆく」、2「個人のたたかい」を読む。山之口貘と金子光晴の評伝。
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# by miminashibiwa | 2016-02-24 00:34 | 耳ざわり通信

とおくまできたのか

2016年2月21日(日)
夕方、六本木の俳優座劇場で、桐朋学園演劇専攻49期ストレートプレイコースの卒業公演を観る。福田善之が書き1961年に初演された「遠くまで行くんだ」。越光照文演出。知り合いの学生が出ている。上演時間3時間45分と告げられ、一瞬ぞっとした。最近そんな長いものは観た記憶がないし、尻が持つのか怪しい。出演者には申し訳ないが、そんな長い学生の芝居を観続けられるのかと考えたとしても無理はないと思って欲しい。しかしそれは杞憂だった。途中から、すっかり舞台に引き込まれてしまった。技術的な巧拙など気にならなくなり、芝居自体、物語自体、今と重なる状況自体、もがいている演者自体に、自分の生きて来た時間や時代、これから起こるであろうことなど、様々なものが重なり合って見えて来た。正に今やるべき芝居だった。まだ演劇に力があるんだな。同じ作家と演出家のもう一本の卒業公演「袴垂れはどこだ」は観ていないが、その出演者も最後に加わった演出に頷いた。

私は40年前に、ここ俳優座劇場の古い劇場で演劇科9期の卒業公演をしていた。アリストファネス作、田中千禾夫台本、阿部廣次演出のギリシャ喜劇「女の平和」。とっくに劇場は新しくなっているので劇場に関する感慨はないが、卒業公演を観に来たせいか何やら思い出すことがあった。
そして客席に向かい疾走しながら「遠くまで行くんだ」と叫ぶ若者たちの声に、40年後のオマエは、「遠くまで来たのか」と思わず問うてしまった。しかしその答えは、言えない。

劇場で桐朋学園演劇科で習った石澤秀二先生に会う。今年は二度も会ってしまった。
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# by miminashibiwa | 2016-02-23 01:47 | 耳ざわり通信

WHEN I WAS MOST BEAUTIFUL

2016年2月15日(月)
「茨木のり子の家」という写真集を見ていたら、レコードジャケット「Pete Seeger Young vs. Old」が写っていて、歌詞カードも載っている。「WHEN I WAS MOST BEAUTIFUL」の歌詞の周りが赤い線で囲われている。それは彼女の詩「わたしが一番きれいだったとき」を、ピート・シーガーが英語に翻訳し歌っているものだった。茨木のり子とピート・シーガーがくっついてしまった。まさかこんな事があろうとは!
「Seeds:The Songs Of Pete Seeger,Volume 3」の中で、女性が歌っている。聞いているはずなのだが覚えていなかった。持っているCDを探したが、ピート・シーガーが歌っているものはなかった。
確定申告を書く合間に、茨木のり子の詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」「落ちこぼれ」など読む。
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# by miminashibiwa | 2016-02-15 21:53 | 耳ざわり通信