琵琶法師の毛づくろい


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きょしょうおつ

2016年5月12日(黙)
新千歳空港に着きスマートフォンの機内モードを解除すると、さかい君から着信履歴が何度も入っていた。メールも入っていて、演出家の蜷川幸雄さんが亡くなったらしい。
電話をすると、葬儀に出席のため北海道に来られないのではないかと心配していたようだ。
もちろん行きます、公演地へ。穴はあけません。
蜷川さんのことは、その後テレビや新聞が見られないところが続き、東京に帰るまで世間で何が起こっているのかは分らずじまいとなった。

私も、いつか蜷川さんのことを書く日も来るだろう。

さかい君と話していたら、中学の担任だった橋本先生に連絡を取っていないことを咎められ、電話をする。三年前は「ガリバー・ウエハース」を観に浦河まで来てくれたが、札幌の公演を観に来るにも宿泊しなければいけないので遠慮していた。先生は都合が悪く、来られないことが分った。
さかい君は48年くらい会っていないそうだ。

札幌でながたまのクルマに拾ってもらい、やぎやへ。
シャンパンに美味しい白ワインにボウモアに刺身。御馳走になった。
図らずも、これが蜷川さんへの献杯となったということか。
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# by miminashibiwa | 2016-05-27 23:19 | 耳ざわり通信

JADRANKA

2016年5月8日(日)
7日(土)の朝刊で、ヤドランカの亡くなったことを知る。
東日本大震災のあと、ボスニアに帰国していたことは知っていたし、荷物を知人が預かっていることも聞いていた。しかし、帰国後体調を崩していたとは。

ヤドランカを初めて知ったのは、筑紫哲也のニュース23だったろう。
たまたま、琵琶の坂田美子さんのライヴに行ったときゲストで来ていて、サズを弾いて歌った。哀愁を帯びたような、なんとも良い声だった。何度か聞く機会があり、コンサートにも出かけた。
同郷のアーティストを知った関係で、ちょっと話すことも出来た。
神楽坂に、彼女の美術作品の個展を見にも出掛けた。
ほんの一時すれ違っただけの人だが、もう少し会いたかったし、あの歌声も時々聞きたくなる。

以前、CDショップでヤドランカを探しても見つからず、店員に聞くとJADRANKAのスペルだと教えてもらう。Jがつくとは知らなかったので、YADRANKAで探していたのだろう。

思い出すことを取り留めなく書き連ねながら、今夜はヤドランカの歌を聞いている。
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# by miminashibiwa | 2016-05-09 02:30 | 耳ざわり通信

COOKED

2016年5月5日(木)
先日から訳ありで、こんな本を買ったり借りたり読んだりしている。
マイケル・ポーラン著「COOKED 人間は料理をする・上:水と火」「COOKED 人間は料理をする・下:空気と土」、石井美樹子著「中世の食卓から」、フェルペ・フェルナンデス=アルメスト著「食べる人類誌」、鯖田豊之著「肉食の思想」〜ヨーロッパ精神の再発見〜、阿部謹也著「中世の星の下で」、池上俊一著「パスタでたどるイタリア史」、本間るみ子「チーズの悦楽十二ヶ月」〜ワインと共に〜、勝見洋一著「中国料理の迷宮」、荻野恭子著「ロシアの郷土料理」〜大地が育むユーラシアの味〜、みまくちなほこ著「ずっと使えるおいしい道具」、水島弘史著「強火をやめると、誰でも料理がうまくなる!」。
近頃は、書店・図書館・古書店で料理本コーナーに貼付いている。
読む方向は間違っているのだが、まあこういうものに手が伸びて、読了もあれば先に進むか逡巡するものもあり。この手の本の困るのは、出て来る料理が食べたくなることだ。「COOKED」の時は、全粒粉のパンを買ったつもりが間違ってしまったり、そうかと思うとながたまに貰ったパンが全粒粉だったりとか。「ロシアの郷土料理」にはグルジア(現ジョージア)料理の写真や作り方が載っていて、懐かしいやら食べたいやら。自分で作れば良いのか。しかし読み進むにしても、方向が似ているようだが違う。でも、これはこれで読むのは楽しい。知らないことがいっぱいである。
今度、もう一度じっくり説明を聞こう。
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# by miminashibiwa | 2016-05-06 00:28 | 耳ざわり通信

歩いて歩いて伏木国分高岡歩き渋谷新宿四谷も過ぎてどこまで歩く

2016年4月24日(日)
今日も朝の散歩で、佐藤慶の「日本国憲法」全文の朗読をiPodで聞きながら海まで行く。
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15時からよへさで「日本国憲法」全文朗読をする。全文をコピーしたものが配られていて、みなさん珈琲を飲み、憲法を見ながら聞いている。私も半分過ぎたところで珈琲ブレイク。おわってのお喋りも楽し。昨日の「方丈記」に来た方もいて、その話しも聞く。原文も現代語訳も解説も読んでから来たら、景色が見えるように分かって面白かったようだ。
夜は、一度入りたいと思っていた高岡の居酒屋「陣太鼓」へ行く。利き酒セットを何度か試すうち閉店となり、お世話になっている隣りの焼肉「鉄木真(てむじん)」に顔を出す。今度店を改装するのだとか。ママは元気そうでひと安心。

4月25日(月)
お昼にパステル画の宮脇さんが昼ご飯を買って来てくれ、よへさで向さんと三人でいただく。お惣菜もおいしいものばかりだった。夕方宮脇さんのクルマで高岡駅まで乗せてもらう。新しくなった駅ビルに入った元立食いそば屋で、そばとうどんが半々に入るチャンポンを注文。何年ぶりかで食べる。

歩いて戻る。「方丈記」と「耳なし芳一」をさらうほどの距離だった。
この日も美味しい山菜をいっぱい食べながら赤や白ワインを飲み、遅くまで話す。

4月26日(火)
朝、獣や鳥や川魚や山菜などをとり、解体調理などするHASEGAWAさんが来て話しを聞いた。
なんだか宮澤賢治の「なめとこ山の熊」や坂本直行の「又吉物語」の世界とそっくりで驚いた。「なめとこ山の熊」の熊を捌くところの話しは本当だったんだと。
東京に帰る前に、高岡駅まで送ってくれた向さんと「らぁめん次元」で魚介黒醤油ラーメンを食べる。初めて食べたブラックラーメンは美味しかった。本当はもっと塩っぱいのだとか。

東京に帰り、夜9時半に渋谷ハチ公でながたまふさいと待ち合わせ。あのスーパースターのライブを見て来たと。お互い、渋谷の人の多さやエネルギーに驚く。ずいぶん久し振りで台湾料理の麗郷に行く。相変わらず混んでいるが、ここもエネルギーに満ちている。学生の頃食べた麺は食べなかったが、定番の腸詰めや蜆や焼きビーフンは押さえた。紹興酒を飲みながらなんやかやさまざま、美味しくご馳走になりました。別れてホームにいると、パンを渡すのを忘れていたと電話があり、また引き返しワインバーで一杯。終電逃し、今夜も途中から散歩した。毎日散歩の四日間終了。帰って米をとぎ、とぎ汁とよへさで貰った朝穫りの筍を圧力鍋に入れ火にかける。もう三時過ぎ。後は明日起きてから。おや、ソルト・ピーナッツから届いたチラシに「琵琶で語る『方丈記』」と書いてあるぞ。メールは返信なし、電話は出ないやで、琵琶持っていかないということが伝わっていない!ど、どうしよう?こりゃ寝るしかないか!
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# by miminashibiwa | 2016-04-30 02:42 | 耳ざわり通信

獅子殺しまで

2016年4月23日(土)富山県高岡市伏木。
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この地に来ると、朝は国分の浜へ散歩。不思議な集団に出くわした。
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良い天気だ。
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帰り道で獅子舞をやっていた。

本日公演の「スペースよへさ」では、藍九谷の五嶋直子さんの個展が開かれている。そば猪口が気になった。庭のしだれ桜はほとんど葉桜になっていて残念。
夜は「方丈記」を語る。沢山の方に来ていただいた。耳なしでお世話になった人も、何人も。
今回は楽琵琶ではなく、初めてわたしの薩摩琵琶で語る。八百年前にはまだなかった琵琶だ。
楽琵琶演奏で聞きたい方は、6月10日の相模原南市民ホールか、6月30日の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールへお越し下さい。塩高和之さんが、秘曲も二曲弾きます。

打上げも終わり、夜の12時から近くの矢田神社で獅子殺しというものがあると聞き出掛ける。
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団長の家の前で最後の舞い。
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本火も出て、佳境に入っていく。子どもたちも眠気や疲れの出た身体をものともせず、激しい動きで頑張る。
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いよいよ矢田神社に移り、獅子殺しが始まる。ここでバッテリー切れで写真が撮れず、じっくり見ることが出来た。
日をまたぐ意味が分かるような気がする。疲れがピークに達し、それでも舞い続けることで神懸かりに、トランス状態になるように見える。もう動けないと思う身体から、なにかの力が湧き出で舞い続ける。獅子頭に入る人もどんどん変わり、子どもたちも足を小刻みに刻み跳ね、ふらつきながらも次々と出て来る。こんなに疲れることも、そうはないだろう。ちょっと羨ましいと思いながら、24日1時終了。2時間も獅子舞と共にいた。
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# by miminashibiwa | 2016-04-30 00:51 | 耳ざわり通信