琵琶法師の毛づくろい


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むかしありし

2016年2月22日(月)
茗荷谷の拓殖大学にて、社会人基礎力養成グランプリ2016決勝大会出場の、京都産業大学小林一彦ゼミの小林一彦教授に会いに行く。6月30日に西宮の兵庫県立芸術文化センター阪急中ホールで「琵琶の秘曲でつづる平成絵巻『方丈記』」上演の際、服部祥子氏と対談をしていただくことになっている方だ。2012年にNHK Eテレ100分de名著「方丈記」の講師をしていた方だから、覚えている方も多いと思う。YUKIプロデュースの吉岡さんと、大会の休憩時間に挨拶させていただく。いろいろご協力をお願いし、先生からも嬉しいご提案をいただく。思わぬ展開になるかもしれない。

長らく通っていた道だが、拓殖大学に入るのは初めてだった。外からの景色も、外の景色もずいぶん変わってしまった。駅までの帰りも、道を間違えたかと思ったほどだ。

茨木のり子の書いた、詩人の評伝1「貘さんがゆく」、2「個人のたたかい」を読む。山之口貘と金子光晴の評伝。
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by miminashibiwa | 2016-02-24 00:34 | 耳ざわり通信

とおくまできたのか

2016年2月21日(日)
夕方、六本木の俳優座劇場で、桐朋学園演劇専攻49期ストレートプレイコースの卒業公演を観る。福田善之が書き1961年に初演された「遠くまで行くんだ」。越光照文演出。知り合いの学生が出ている。上演時間3時間45分と告げられ、一瞬ぞっとした。最近そんな長いものは観た記憶がないし、尻が持つのか怪しい。出演者には申し訳ないが、そんな長い学生の芝居を観続けられるのかと考えたとしても無理はないと思って欲しい。しかしそれは杞憂だった。途中から、すっかり舞台に引き込まれてしまった。技術的な巧拙など気にならなくなり、芝居自体、物語自体、今と重なる状況自体、もがいている演者自体に、自分の生きて来た時間や時代、これから起こるであろうことなど、様々なものが重なり合って見えて来た。正に今やるべき芝居だった。まだ演劇に力があるんだな。同じ作家と演出家のもう一本の卒業公演「袴垂れはどこだ」は観ていないが、その出演者も最後に加わった演出に頷いた。

私は40年前に、ここ俳優座劇場の古い劇場で演劇科9期の卒業公演をしていた。アリストファネス作、田中千禾夫台本、阿部廣次演出のギリシャ喜劇「女の平和」。とっくに劇場は新しくなっているので劇場に関する感慨はないが、卒業公演を観に来たせいか何やら思い出すことがあった。
そして客席に向かい疾走しながら「遠くまで行くんだ」と叫ぶ若者たちの声に、40年後のオマエは、「遠くまで来たのか」と思わず問うてしまった。しかしその答えは、言えない。

劇場で桐朋学園演劇科で習った石澤秀二先生に会う。今年は二度も会ってしまった。
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by miminashibiwa | 2016-02-23 01:47 | 耳ざわり通信

WHEN I WAS MOST BEAUTIFUL

2016年2月15日(月)
「茨木のり子の家」という写真集を見ていたら、レコードジャケット「Pete Seeger Young vs. Old」が写っていて、歌詞カードも載っている。「WHEN I WAS MOST BEAUTIFUL」の歌詞の周りが赤い線で囲われている。それは彼女の詩「わたしが一番きれいだったとき」を、ピート・シーガーが英語に翻訳し歌っているものだった。茨木のり子とピート・シーガーがくっついてしまった。まさかこんな事があろうとは!
「Seeds:The Songs Of Pete Seeger,Volume 3」の中で、女性が歌っている。聞いているはずなのだが覚えていなかった。持っているCDを探したが、ピート・シーガーが歌っているものはなかった。
確定申告を書く合間に、茨木のり子の詩集「食卓に珈琲の匂い流れ」「落ちこぼれ」など読む。
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by miminashibiwa | 2016-02-15 21:53 | 耳ざわり通信

かい

2016年2月14日(日)
テーブルの上を片付けていたら、藤久ミネさんにいただいた「倚りかからず」(茨木のり子)が出て来た。積ん読の山を片付けていると、「詩のこころを読む」(茨木のり子)が顔を出した。「茨木のり子集 言の葉 1~3」(茨木のり子)は、たまには開けと無言の圧力。
「清冽 〜詩人茨木のり子の肖像〜」(後藤正治)には、金子光晴がぎょろりと立っていて、堀田善衛の「方丈記私記」までたどり着いてしまった。テレビがくり返す司馬遼太郎の思索の言葉が、上書きをしている。
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by miminashibiwa | 2016-02-14 23:16 | 耳ざわり通信

はなのな

2016年2月12日(勤)
お昼に東銀座へ。しばらく来ていなかったか?一時間ほどで話しが終わったので、裏道など歩いてみる。よく自転車で散歩していた頃を思い出す。ビルも店もずいぶん変わった。
日比谷公園へ行ってみる。新婚カップルの記念撮影。雀がたむろしていた。
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日比谷図書館にちょっと寄り、皇居を回って帰る。必死で走っている人たちとすれ違いながら。
喫茶店で寝ようと文庫本を一冊買って入るが、読み出すと眠れなくなったしまった。
「清冽」〜詩人 茨木のり子の肖像〜(後藤正治)。やられてしまった・・・
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by miminashibiwa | 2016-02-13 01:01 | 耳ざわり通信

まんがほうじょうき

2016年2月6日(土)
2013年発行の、マンガ古典文学「方丈記」(水木しげる)を読む。時代状況がよく書かれていて、歴史もよく知らぬわたしは、うなずきながら読んでいた。いろいろな、「方丈記」や「鴨長明」の解説本を読んでいても分らなかったものを、画にしてくれるのはありがたい。太平洋戦争を兵隊として従軍し、爆撃で左腕をうしない、東日本大震災も経験している水木しげるさんの筆になると、「方丈記」の中の五大災厄の画が、生々しく迫力をもって迫って来る。面白いのは、漫画家の水木しげるさん本人が鴨長明に会いに行って、いろいろ聞きただす設定。マンガ、侮るなかれ。

そういえば、水木しげるさんのマンガ「耳なし芳一」に、兵隊が戦場で出陣の前夜に琵琶を弾いている画があった気がする。三味線を戦地に持って行った話しを読んだ記憶があるが、琵琶を持って行ったひとはあるのだろうか?重いし、持ちづらいし、南の国では湿気で楽器も絃も音を出さなくなるし、調整も難しそうだ。ずっと気になっている。
戦時中、東京では琵琶の演奏会がよく開かれていたと、アイチャンに聞いた事がある。

高校まではマンガ雑誌で楽しませてもらい、近年は多くのテレビの特集で楽しませていただいた、水木しげるさんに合掌。
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by miminashibiwa | 2016-02-07 02:13 | 耳ざわり通信

ぜーくと

2016年2月2日(蚊)
先日「堀田善衛 上海日記」を読んでいたら、1945年10月13日の日記に、上海の祥徳路へ来て買った本の中に「軍人の思想」(ゼークト)というのがあって目が止まった。正確にはハンス・フォン・ゼークト著「一軍人の思想」(岩波新書,1940)らしい。ゼークトはドイツの軍人で、1934〜1935年には中国で蒋介石の軍事顧問を務めている。

このゼークトという名前は、舞台「銀河英雄伝説」でわたしが二度演じた役名と同じだ。
もちろん舞台は未来の話なので、ドイツ人のゼークトとは別人なのだが。
正確な役名はハンス・ディートリッヒ・フォン・ゼークト大将だから、ちょっと違う。

しかしまさか、堀田善衛の日記でゼークトに会えるとは思いもしなかった。それも上海の街角で。
古い友達にばったり会ったような気分かな。

堀田善衛は終戦を挟んで8月14日から10月12日まで、日記をつけていない。
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by miminashibiwa | 2016-02-06 02:43

やつれ

2016年2月5日(饉)
先日から、活字が小さくて、いや視力が衰えていて、どうしても調べられなかった漢字があった。「窶」がそれ。電子辞書・パソコンで、部首三画の「宀」で調べ、同じく部首三画の「女」で調べたが分からない。「宀」と「女」の間が、わたしの見えなくなった目には読み取れなかったので、総画数も数える事が出来ない。漢和辞典で同じように調べても出て来ないので、半ばあきらめていたら、フト部首五画の「穴」に思いが至り、ようやく「窶」にたどり着いた。ひとに笑われるな〜。分かってみると、写真用ルーペなどに頭がいき、拡大してよくよく見てみた。なるほどな。
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by miminashibiwa | 2016-02-06 02:29 | 耳ざわり通信

おぼとれがみ

2016年2月1日(月)
今日調べた言葉。
「遍照金剛」「利鎌」「叢雲」「蓬髪」「颯颯」「鶏こう」「瓔珞」「たなそこ」「衣通姫」「綾絹」「緞子」「螺鈿」「縫箔」「裘」「優曇華」「乱離骨灰」「寥々」「皓々」「靄」「まんじ巴」「万朶」「感状」「忠烈」「蹌踉」。漢字の読み方が分らなかったり、読めても意味が分からなかったり、意味が分かってもどんなものか分からなかったり。調べてもすでにもう、忘れている。年を取ると分る事がふえるわけではないと分かっているが、それにしても分らない。こんな言葉を使う作者は誰だ!
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by miminashibiwa | 2016-02-02 01:11 | 耳ざわり通信

きみのゆくみちは

2016年1月30日(土)
キッド・アイラック・アート・ホールで「ヒグマ春夫の映像パラダイムシフト Vol.74」を観る。来月2月30日は、わたしが出演する事になっている。阿佐ヶ谷での「方丈記」差し込みチラシを持参。終わってから、その場で軽い打上げとなりワインや日本酒が出る。琵琶奏者の塩高和之さんが奥さんと来ていて、この日が塩高さんの誕生日という事が分り乾杯などあり。そのあと近くで打上げ。終電乗り遅れ、久々にぷらぷら歩く。雪でなくて良かった。かえりみちはとおかった。

昨日の打ち上げに、小泉堯史監督・黒澤明脚本「雨あがる」で、音楽の佐藤勝さんの手伝いをしたという人がいて驚いた。わたしも出演しているのでつい嬉しくなり、何度か握手を交わす。

わたしが中学生の時に流行ったブロードサイド・フォーの「 若者たち」は佐藤勝さんの作曲で、黒澤明監督の長男で「雨あがる」のプロデューサー黒澤久雄さんが歌っていた。1999年に亡くなった佐藤勝さんのお別れ会の時、ブロードサイド・フォー が「若者たち」を演奏し、私たちも一緒に歌った。この時「君のゆく道は果てしなく遠い」の歌詞が、亡くなった佐藤勝さんや年を取った列席者が、若いとき見た夢と自分がして来た仕事を振り返っているように聞こえたり、「君のあの人は今はもういない」と言う歌詞は、恋人ではなく、亡くなったり会わなくなった先生や師やお世話になった人を指しているように聞こえた。青年が見る未来ではなく、人生を振り返る逆から見た世界に思えて、興味深く覚えている。
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by miminashibiwa | 2016-02-01 01:20 | 耳ざわり通信