琵琶法師の毛づくろい


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<   2015年 01月 ( 6 )   > この月の画像一覧

舞台「良寛」舞台稽古写真。

1月25日(日)舞台「良寛」の舞台稽古写真が届く。
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1月17日、座・高円寺の前では「座の市」。外はこんなに明るいのだが。

座・高円寺の地下2階の劇場「座・高円寺2」では、舞台稽古の真っ最中。
大庭丈治さんが撮ってくれた舞台稽古の写真を見ていただきます。
自分の写っているものしか載せませんでしたが、悪しからず。
ちなみにわたしの役名は「黄泉の国の風」というものでした。
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わたしと木原丹(ダンサー)
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わたし
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横笛・大浦典子、琵琶・塩高和之
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わたし
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木原丹とわたし
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木原丹、津村禮次郎(観世流シテ方)、わたし
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木原丹、津村禮次郎、わたし
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わたし、木原丹、津村禮次郎
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わたし、木原丹、津村禮次郎
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わたし、津村禮次郎、木原丹、大浦典子、塩高和之
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わたし、大庭英治(画家)、津村禮次郎、和久内明(作・演出)、木原丹、大浦典子、塩高和之

どんな芝居か想像出来ますか?
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by miminashibiwa | 2015-01-27 03:11 | 耳ざわり通信

あのシーンが入ってない?

1月18日(日)
高倉健がレポーターを務めた、1984年RKB毎日放送のドキュメンタリー「むかし男ありけり」は、作家の檀一雄の足跡を追い、ポルトガルのサンタクルスや福岡の能古島などを取材したもので、今日の夜にBS-TBSで再放送した。
久し振りに見たが、いい番組だった。健さんも良かったし、檀一雄の魅力もよく分かった。

1984年の番組は見逃して、ヴィデオに録ったものをその年に借りて見た。
二三度見たはずだ。再放送もあったような気がする。

で今日の放送は、84分完全放送となっている。
初めのところと、途中CMのときトイレに立ったので数秒か十数秒見そこなったが、記憶しているふたつのシーンがなかったように思うのだ。
ひとつは福岡の居酒屋の元女将が出ていたのでその人と思うが、健さんがレポーターとして話を聞こうとするが、何だあんたはといった感じでなじられて、たじたじとなったシーン。
今日見たより、もう少しやり込められていたように思ったのだ。
もうひとつは、サンタクルスではないかと思うが、外で村人とワインを飲むうち酔っぱらって来て、そこを名物ディレクターの木村栄文が女性観、結婚観に迫り、顔を赤くしながら酔っぱらって話したのが非常に記憶しているのだが、ふたつともなかった。
見そこなったにしては、ふたつともというのはおかしいし、記憶違いという事もあろうが、普段の健さんからは想像出来ない姿を引き出したので、出色のドキュメンタリーと思って強く印象に残っているのだ。

気になるのは、今日の再放送は84分完全放送となっているが、放送ライブラリー公式ページでは88分となっていること。4分の開きがある。

今日の放送を見てもだいぶ忘れているので、自分の記憶力も怪しいのだが、どうなのだろう?
ふたつとも思い込みなら、わたしの脳もなかなかのものだ。創作した事になるのだから。

何度も言うが、番組は良かった。またいつか、見てみたい。火宅の人も、また読むか?
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by miminashibiwa | 2015-01-19 03:31 | 耳ざわり通信

良寛公演終了

1月17日(日)高円寺、座・高円寺2。舞台「良寛」本番。
数日前、「阿波踊りホール」での稽古の帰り、隣りの劇場「座・高円寺2」からシンナーのような臭いが漂って来た。舞台の床を檜に張り替える事は聞いていて、私達の「良寛」の舞台が初めての使用になるそうだ。それまでは嬉しい事と思っていたが、シックハウス症候群の気のある私は暗澹たる気分になった。16日に、舞台を見せてもらう。思ったほど臭いはなくほっとしたが、横笛の大浦さんが心配してくれて、翌日薬を持って来てくれた。

本番前日、塩高君に連れられてジャズ喫茶「ナジャ」へ。津村禮次郎さん、木原丹、大浦典子さんの五人。大浦さん以外はウィスキーのオンザロックを二杯飲みツマミを食べて、明日の本番に向け英気を養う。このメンバーで呑むのは初めて。

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この日は「座の市」とか言うのをやっていて、店が出ていた。干物旨そうだったな。

本番当日の17日は、その臭いもほとんど無くなっていて、本当に助かった。
仕事で来られなくなった人、インフルエンザが治らなかった人などのキャンセルはあったが、当日も数人来てくれる人が増えた。
ゲネプロでは、演出家が音源を忘れ自宅へ取りに帰ったため、自分たちで通す。
ゲネも本番も集中してやれて、面白かった。再演という事、同じ劇場という事はある。
津村禮次郎さんの、舞台での充実した身体は羨ましい。琵琶も笛も良い音だ。丹も頑張っている。明りも美しい。
終演後、演出の和久内さんが興奮してやって来た。どうやら、よかったようだ。

ロビーに出ると、何人もの知らないお客さんからお褒めの言葉をいただく。昨年観たという女性も話しかけてくれ、前回より一段と良かったというような言葉も。
私の声についても何人かから言われる。髭は本物かとか、なぜ白塗りなのかとか・・・
女優の夏樹陽子さんも来ていて、演出家に紹介される。綺麗な人だ。初対面だな、多分。
タオルをいただき、なぜその靴を履いたのかと聞かれる。ひとは何を見るか分らない。

元、同じプロダクションにいた伊藤栄太郎も観に来ていて、夏樹さんが行ってしまってから、昔夫婦役をやった事があると言っていた。松木秀樹も来てくれ、小林悦子は予約しないで来てくれて、お酒を差入れ、そそくさと帰って行った。かつては、みな同じ事務所にいた。
栄太郎は面白かったとは言ったが、なかなか厳しいところを突いて来た。貴重な意見だった。
松木は不服そうで、今度一杯やりながら聞こう。
昨秋「耳なし芳一」をやってくれた、秦野の天徳寺の御住職夫妻も楽しんでくれたよう。
今年も東京マラソンを走る、西出君も来てくれた。三回目の出走だ。

打上げは、高円寺の中華料理「成都」。
哲学者たちが横にいたが、聞こえて来る話に深入りしては行けないと判断し、出演者の木原丹と目配せし、他の出演者と話す。大浦さんは帰ってしまったので、津村さん、塩高君、あきらと今日の舞台の事、芸術の事など話す。
あとで哲学者のひとりとシェークスピアのことなど話す。

今回も舞台に掛ける画を提供してくれた大庭英治画伯と、ラジオドラマやアニメが好きな息子さん丈治君と話す。和久内夫妻と最後に話し、終電で帰宅。前回より呑めたかな?

芝居の後は呑み足りなくて、家で暴飲暴食。
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by miminashibiwa | 2015-01-19 02:23 | 耳ざわり通信

わたしの成人式

1月10日(土)
今年ももう、10日も経ってしまった。
来週の土曜日に本番の芝居の稽古は続いているが、なかなか皆んなそろわない。
と思ったら、月曜は成人式ではないか。
以前も書いたことがあるかもしれないと思いつつ、私の成人式の日はというと。

40年以上前のその日、わたしはアルバイト先の喫茶店にいた。
新宿歌舞伎町にあったテレフォン喫茶「マジソン」。
テーブルごとに電話がついていて、外に電話がかけられるようになっていた。
携帯のない時代に待ち合わせや仕事などに大変便利だったし、選挙の時は一日中かけ続ける客が何組もいたりした。番号を覚え、店の中で他の席にナンパ電話してる客もいた。

私はオープン前から系列の店、池袋のイタリアンレストラン「ボルサリーノ」と喫茶店「マジソン」が一緒になっていた店のカウンターでバイトをしていて、新宿の店を作るにあたりチーフに連れられて新宿に行った。1973年当時のお金で三千万で内装を変えたといっていた。
前の店がレーシングカーが吊ってあるような店で、座席もクルマのシートを使っていた。
新しく出来た「マジソン」は明るく開放的な店だった。場所がら混む店で色々な人が来ていたが、のちに二度この人を描いたテレビドラマに出る事になる、淡谷のり子さんが上の階のクラブで歌う時に来て、私の作ったミックスジュースを何度か飲んだ。いつも半分ちかく残したので、不味かったのかと心配して残りの味を確かめたこともあったなあ。
新宿のお客さんは待つのが嫌いで、珈琲を出すのが少し遅れるだけでも帰ってしまう。

で成人式だが、二十歳になる年もなった年もどこからもなにも成人式の連絡がなく、突然アルバイトしているケーツー観光から黒のベルトが届けられた。
この頃はカウンターでチーフのすぐ下で働いていたのでNo.2のような立場だった。
ほかのアルバイトは、私が二十三四歳と思っていたようで、「えっ、伊藤さん二十歳なの?」と驚かれたのを覚えている。老けて見えたのか、威張って見えたか。
鈴木信太郎の「悪の華」(ボードレール)の訳はいいから読んでくださいと言っていた明治の学生、ジュネの事を教えてくれた女性(当時、サルトルの『聖ジュネ』と同一人物と思っていなかった)、辞めるとき「三太郎の日記」を読んで欲しいと「続・三太郎の日記」をプレゼントしてくれたひと。包丁を振り回して暴れた奴もいたし、いろんなひとがいたな。
しかし鈴木信太郎訳の「悪の華」は読んでないし(堀口大学訳は持ってます)、ジュネの戯曲は読んだり芝居を観たりしたが、自分では演じていない。「聖ジュネ」も持っていたが、途中で投げ出した。「続・三太郎の日記」も読んでない。なんというひとの好意を無にする奴だったのだろう。
今からでもやり直すか?せめて本くらいは読めるだろうか?

成人式をしていないという事は、大人になっていないという事か?
そうだろうな、なりばかりは老人になりつつあるが、大人にはなれなかった!
いったいその日はなにを考えたのだろう?そこから先きが思い出せない。
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by miminashibiwa | 2015-01-11 02:36 | 耳ざわり通信

冬の北陸旅④

12月24日(水)高岡〜氷見〜高岡〜富山空港〜東京
朝、荷造り。明日、1月の舞台「良寛」の稽古があるので帰京しなければならない。
1時、向さんの運転で氷見へ向かう。立山がきれいに見える。
氷見番屋街へ行き、お土産など探す。
おととし来た時は、12月23日の日曜日。とても混んでいた。
今日は天皇誕生日の翌日で、ほとんどひとがいない。

朝ご飯は食べたばかりだったが、ふたりで回転寿しへ入る。美味しかったのです。
向さんはあまり食べなかったのか、安く食べられた。旨かったので、また来たい。

高岡に戻り、市役所前の喫茶店「ブリック」へ入る。
昨日ママに、「耳なし芳一」に来ていただいたお礼をして珈琲。
聞くと、以前「日だまり」で語り琵琶『桜の森の満開の下』を聞いてくれたのだそうだ。

5時前、焼肉「鉄木真」へ。お腹は一杯で食べられない。
ローストビーフとワインをご馳走になり、空港行きのバスを待つ。
ママとは数年会っていなかったので、仕込み中ではあったがいろいろ話す。

バス停を探し、待つ。寒いのだ。トイレに行けば良かったのだが、期を逸する。
遅れてバスが到着。この後の空港行きのバスはない。
走り出してすぐ、トイレに行きたいという男性がバスを止め降りて行った。
その駆け出す姿に気になり出す。寒いし、しそこなっているし不安が募る。
iPodで落語など聞き、外を見て気を紛らすがうまくいかない。降りる訳にも行かない。
気が気ではなかったがなんとか持って、到着。あわててトイレに駆け込んだ。

今度は飛行機がトラブって遅れていて、機体を変えてようやく出発。
あまりアナウンスに慣れていないと思われるスチュワーデスと、何となく心通じるものがあったようで、降りる時に思わずお互いにアイコンタクトになってしまった。
ちょっと、いやとっても嬉しい瞬間でした。こんなこともあるか?
ここから先きがないのが寂しいところではありますが・・・ないものはない。
冬の北陸旅、ほっこり終了。

家に帰ると宅急便の不在票が数枚入っていた。
おお、今日はクリスマスイブ。もう今日も数十分でお仕舞い。
向さんからいただいたお酒「立山」で、鉄木真でいただいたローストビーフ、氷見で買った「鱒の寿司」など食べろ間に、今年のイブはとっくに走り過ぎて行った。
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by miminashibiwa | 2015-01-03 00:56 | 耳ざわり通信

冬の北陸旅③

12月23日(火)富山県高岡市伏木、スペースよへさ。「耳なし芳一」
二度寝して、昼近く起きる。東京とは違う寒さだ。
1時、恒例になっている台詞さらいに散歩に出る。晴れ。
いつもは海まで歩くのだが、雪に足を取られるために、途中までしか行けなかった。
いちおう海が見えるとこまでは行ったのだが、帰りの時間を考え引き返す。疲れたしね。
雪かきをしているひとは、男も女も年寄りばかり。今日は祭日。若い人がいないのだろうな。

今まで何度も「耳なし芳一」公演を企画してくれた、高岡の焼肉屋「鉄木真(てむじん)」のママ中川悦子さんに電話する。記念すべき第一回〜二回公演は、高岡でやってもらった。今回はお店の営業があるので来られないから、電話でお礼とご挨拶。

「よへさ」で語るのは三回目。
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会場作り。語る場所を決めて琵琶の稽古。座布団敷きを手伝う。
いつもならもう一度台詞をさらうのだが、どうもさらい過ぎると本番で出て来ないことがあるので、あえてやめる。3時にうどんをいただく。

17時、ぼちぼちお客さんが現われる。暮れの忙しい時によく来てくれた。
天気が良かったのも幸わいした。
今まで「耳なし芳一」を呼んでくれたひとも、何人か来ている。
18時本番。10年前「よへさ」の二日目にやった場所から出て蠟燭の前に座る。

この日は、とても面白かった。
宮脇さんと向さんに本番の手伝いをお願いをしたのだが、まったく稽古が出来ず、今まで何度もやってもらっているとはいえ、なかなか刺激的な本番であった。
語りも、今までこんな感じで語ったことはなかったのではないかと思う反面、ああこの感覚なんだよなとも思われて、自分にとってもどっちなのかよく分からなかった。
しかし至福の時間が流れたことは間違いない。本当にいいお客さんだった。

リハのとき向さんからいわれていたが、後ろの方で声がよく聞こえないところがあったらしく反省。

嬉しかったのか終わってからの挨拶が長くなり、途中でよへさの向さんに止められる。
打上げは15人ほど残ってくれ、以前企画してくれたひとも8人はいたと思う。
この方達のおかげをもって、今年までやって来られたことに感謝。
二次会も半分の方が残ってくれ、早く公演が終わったこともあり長く喋る。
その後も喋る、喋る、喋る。喋って今年の「耳なし芳一」終了しました。
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by miminashibiwa | 2015-01-02 03:03 | 耳ざわり通信