琵琶法師の毛づくろい


by miminashibiwa

プロフィールを見る
画像一覧

お知らせ

カテゴリ

表紙
はや耳NEWS
プロフィール
耳ざわり通信
ガリバーウエファース
琵琶との出会い
耳なし芳一
おたる遊幻夜会
遠き橋懸り
ハチャプリ商会
メール

フォロー中のブログ

最新のコメント

Kouさん、ありがとうご..
by miminashibiwa at 02:25
 北の大地に歴史を感じる..
by 太田 節子 at 11:00
耳なし芳一さんこんにちわ..
by 宮原早百合 at 11:36
6月20日は、私たちおむ..
by おむすび at 08:13
こちらこそ、ありがとうご..
by miminashibiwa at 21:45

ファン

ブログジャンル

画像一覧

<   2014年 12月 ( 4 )   > この月の画像一覧

冬の北陸旅②

12月22日(月)富山〜高岡
雪。富山駅周辺はまだ工事中。やはり駅前の建物がすっかり無くなっていた。
高岡に行くのに、接続する特急列車が遅れていて20分ほど待つ。
ときどき冬の雷が鳴り、降りしきる雪に光る。
d0134361_0122388.jpg
       隣りのホームに止まっていた列車。

高岡駅に宮脇春美さんが待っていてくれて、県境へ。高岡駅もすっかり変わった。
宮脇さんは先月、銀座でパステル画の個展を開いていて、わたしは朗読をした。

行った先きは、石川県河北郡津幡町の「蕎麦カフェギャラリー 甚や俱楽部
いちど通り過ぎ、電信柱の案内を見つけ曲がって行くが、又見逃してどんどん山の中へ・・・
雪が激しくなり、そんなはずはないと引き返すと、なんとひっそりお洒落なお店が現われた。
d0134361_012690.jpg

オーナーの田中郁子さんが出迎えてくれ、薪ストーブのおもてなしにあずかる。暖かい。
紹介してくれる人がいて、ランチを食べに来た。いや、売り込みも兼ねてではありますが。
ほかのお客さんたちは、わたしが東京から来たと聞くと、oh!と声をあげた。
おそらくお店が有名になって、東京からわざわざ食べに来る人が現われたと思ったに違いない。もちろん間違いではありません。それくらい素敵な空間と、食事(蕎麦御膳をいただきましたが、蕎麦はキラキラ輝いていて香りが立って、とても美味しかった。ほかの味付けも、ちょうどいい具合だった)、スタッフワーク。また、オーナーの田中さんが素敵な方で、ひとを逸らさない。又会いたくなる魅力を持っているため、お客さんも途切れることがない。珈琲もスウィーツも手を抜かない。部屋もいくつもあり、案内してもらう。パワースポットと言ってましたが、わたしはまとっていたものを取り外された感じで、居心地が良かったですね。
ここで蝋燭の灯りで「耳なし芳一」を語ると、面白そうです。

高岡に戻り、マッサージをしてもらう。と言っても、手にゼリー状のものを塗り、機械で触って行くと悪いところが分るのだそうだ。いろいろ悪いところが出て来ました。納得。

夕方、本日の宿泊地「スペース よへさ」へ。
つぎ琵琶をやっと元通りに復元して、稽古する。
夕食は刺身で一杯。なんと、貰い物だといって吟醸酒「黄桜ヌーヴォ」が出る。旨し。
わたしは「黄桜生貯蔵酒」や「黄桜呑」のナレーションをやっているので、嬉しかった。

夜、オーナーの向さんに小説の朗読を一時間半聞いてもらう。過酷なことをした。
これをやれないかと長いこと思っているのだが、初めてひとの前で読んだ。
どう読んでいいかもまだ分らない。感想など聞いて、本日終了。

明日はここで「耳なし芳一」を語る。
[PR]
by miminashibiwa | 2014-12-31 01:44 | 耳ざわり通信

冬の北陸旅①

12月21日(日)富山。
13時40分の便に、危うく乗りそこねるところだった。
飛行機に乗ろうというのに、出発少し前に羽田に着こうとゆっくりしていた。
なんか変だなと思い、もう一度予定を確認してあわてて家を飛び出したわけだ。
地下鉄を使い速く行くことが出来、ほっと胸をなで下ろす。
電車にでも乗るつもりだったのだろうか?最近いろいろ怪しくなって来た。
今日はつぎ琵琶を機内持ち込みで持って行く。
琵琶は預けたくないし、持ち込むにはもう一席買わねばならないはずだ。
以前は持ち込めたし、空いていればとなりの席に置けたのだが、不便になった。
こんなときはふたつにばらせるつぎ琵琶は便利だ。

ねむい。
飛行中も寝たが、富山空港に着陸したのも知らずにまだ寝ていた。
先週の雪とは打って変わって、今日の富山は曇り。バスで街が近付くと雨になる。
今日の宿は駅前アパホテル。駅前というには、雨の中ちと遠かった。
ねむかったが、大浴場に入る。戻って夕方までダウン。

じゃらんのツアーを使って、「耳なし芳一」公演に来たのだ。
2004年、富山のオーバードホールで芝居をして以来、一杯飲もうというのだ。
あの時は別役実作・永曽信夫演出「アイ アム アリス」で、一週間ほど泊まった。

駅の方で居酒屋を捜す。以前通った店が分らない。
駅前が新幹線の開通に伴い、すっかり変わってしまっている。なにもない。
「ごん太」に入ると、おっさんふたりがカウンターに離れて座り、ひとりが演説している。
わたしが入ると、演説は治まる。店の人は見えないが、コートを脱いで腰かける。
おじさん達が女将さんを呼んでくれるがなかなか出て来ない。
やっと出て来ると、今日は閉めるという。寒い中来たんだから、温かいの一杯飲ませてよと頼むが、閉めるという。まだ7時半ですぜ。じゃあ他の店を紹介してよと言うと、おじさんは近くの店を言うが、女将さんは一緒に外に出てくれ、そこは駄目だから隣りに行けと言う。入って呑んだが、ひとりで呑むにはつまらない店だった。酒は三笑楽と立山の燗酒を飲む。刺身の盛り合わせも美味しいものだったし、お通しもいいツマミだった。ふたりで呑むならいいんだが、店の作りが独り酒に向いてない。
早々に退散して、来るとき見た中華に入る。
古ぼけた小さな店だが、客がいたので入ってみる。ラーメン、餃子、焼酎お湯割り。
これが昔の味で思ったより美味しかったし、焼酎も大きなグラスで出る。
カウンターの隣りに座った客が、中のおばちゃんに粉をかけたり、ひとりでテーブルに座る女性客にも寒いから自分の隣りに来て座れと言う。何度も言う。自分も焼酎を頼み、いっぱい入れろと強引に焼酎を沢山入れさせている。そのうち喋る相手がいなくなり、隣りのわたしに矛先が向く。うるさくて済まないと言いながら、ミュージシャンかと聞く。宝石屋で10年も出張で来ているのだそうだ。この店も来年閉めるという。あまり長くなるとまずいと思い、トイレに出て行った隙に帰る。ちょっと面白い時間だった。

ホテルで横になるとまた寝てしまい、11時半頃目が覚める。
なんだか寝ぼけたような一日だった。疲れや毒がどっと出たよう。
明日は高岡だ。迎えに来てくれる宮脇さんと予定の交換。

雪になりそう。
[PR]
by miminashibiwa | 2014-12-30 02:50 | 耳ざわり通信 | Comments(0)

GARIGARI船で旅をした?

12月11日(木)池ノ上、ガリガリ。
池ノ上舞踏狂會のライブに出演。
d0134361_0572861.jpg

駅すぐと言われたが、線路の反対側に降りてしまい、しばし店を探す。

d0134361_0581879.jpg

アングラ空間。

桐朋学園演劇科の後輩であり、以前所属したプロダクションの後輩でもある松木秀樹君が見に来てくれた。10年くらい会わないうちに結婚までしていた。懐かしく、近況や他の知人のことなど話す。黒澤明監督の「まあだだよ」や小泉尭史監督の「雨あがる」の撮影現場の話しも、出ているシーンは別なので面白く聞いた。

藤井まりさんとのコラボは、さてどうだったのか?
自分では何かが産まれることを欲したが、そうは出来なかった。
お客さんからの話しはちょっとしか聞けなかったので、どう見えたものか分らない。

20時から始まり、わたしは多分21時半頃からの開始だったと思う。
したがって終わってから一杯飲むと、もう帰宅時間と相成った。
帰ると酷く疲れていて、飲み直し。翌朝もまた酷く疲れていた。
[PR]
by miminashibiwa | 2014-12-28 01:36 | 耳ざわり通信

逝く人のつづく日々

高倉健さんが亡くなり、仕事では会ったことがなかったが、一度羽田空港で見かけたことがあった。ロケで北海道へ行く時に、トレンチコートを着た高倉健さんが現われ、スタッフが寄って行って話をしていたのだが、さて映画のロケだったかテレビドラマのロケだったか思い出せない。佐藤純弥監督が高倉健さんの同期だったことは今回の追悼番組で知ったので、その時だとすれば「おろしや国粋夢譚」ロケの時か?でも監督が役者と一緒に移動するとは考えられないが?高倉健さんは、背の高い人と記憶している。
小学生のとき「網走番外地」が流行っていて、誰かがわたしの町の「昇月旅館」に高倉健が来ていると言ったものだから、しばらくドキドキしながら旅館の前を行ったり来たりしていた。後年、映画「結婚」のロケで佐藤浩市さんなんかと昇月旅館に泊まることになり、なぜか嬉しかったが高倉健さんが泊まったかどうかは聞き忘れた。

ジョニー大倉さんが亡くなったのには驚いた。62才という若さにも。ほとんどわたしと変わらない年だったのか。キャロル時代のことは知らないが、多分役者を始めたのは元わたしのいた事務所、アクターズ・カンパニーからだったと思う。ときどき事務所で会うと話をした。いい仕事をしていたが、突然辞めてしまったように記憶している。仕事が一緒になったことはなかったように思う。

菅原文太さんがつづいた。NHKの大河ドラマで一度ご一緒した。「武田信玄」第一話で、忍者の重蔵という役をもらったわたしは、菅原文太さんに報告に行く。小淵沢の12月の夜間ロケは寒かったな〜。待ってるだけで冷えきってしまった。ふたりのシーンで、とても芝居がしやすかったし、思い切り行っても大丈夫だった。映画「仁義なき戦い」は凄かった。今はなき池袋文芸坐地下でまとめて観て驚いたものだ。

今日の昼はテレビで「トラック野郎 天下御免」をやっていたので観たが、2014年の暮れは寂しいことになった。
[PR]
by miminashibiwa | 2014-12-05 00:39 | 耳ざわり通信