琵琶法師の毛づくろい


by miminashibiwa

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かびん

2016年1月19日(課)
ブログの表紙が消えてしまった。どうなってんの?一日前にはあったが、消失!

北海道の猛吹雪は大変そうだ。東京も、昨日の雪のせいか寒くなった。
ジョルジョ・ストレーレルのインタビュー本「ストレーレルは語る」の序をやっと読み終え、対話を読めるようになった。イタリアの有名な演出家だったから、観た芝居は1979年のミラノ・ピッコロ座東京公演、ゴルドーニ作「ふたりの主人を一度に持つと」だけだ。その頃、日本でもコメディア・デラルテが流行っていた。ジャック・カロの画や、山口昌男の道化の本、田之倉稔の本などを漁っていた。ストレーレル著「人間の演劇」はずいぶん昔に購入したが、未読のままだ。
1981年のミラノスカラ座日本公演の時にエキストラで何本か出たが、ストレーレル演出の「シモン・ボッカネグラ」には出なかったような気がする。観てもいない。
本を演劇青年に戻ったような気持ちで読んでいる。「演劇を構成する表現、身振り、動作はすべて、人間の生活に役立つものでなければ、何の意味も価値も持たない」「演劇を現実からの逃避、単なる娯楽、ないしは営利行為と見る危険な傾向がある」「俳優とは詩的表現のための道具であり、それ以外の何ものでもない」「演劇人とは、空っぽの花瓶のようなもので、使われてはじめて真価を発揮するもの」「批判的な他者の存在」「演劇が社会に対して倫理的責任を負っている。演劇というものに対し、苦悩に満ちた宗教的感覚を持つこと」。最近は、こんな言葉を聞くこともなかなかなくなった。ゆっくり、少しずつ読み進めよう。まだ自分に掻き起こす埋み火が残っているか確かめつつ。
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by miminashibiwa | 2016-01-20 01:12 | 耳ざわり通信