琵琶法師の毛づくろい


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めめ

2016年1月16日(度)
新聞に函館の八幡坂(はちまんざか)の記事と写真が載っていて、ふと函館にいた同期生の事を思い出した。もう40年以上前になるが、桐朋学園の演劇科に入った年の冬、同期生のチコとハツコが入院していて、冬休みに北海道へ帰る前にハツコのお見舞いに行った。年末にチコが亡くなってしまったので、あの時チコのところにも行っておけば良かったと、いまだに後悔している。私は北海道の浦河に帰るわけだが、学年末に行われる試演会の台本の出来たのが遅く、先きに函館に帰っていたメメから台本を届けるように頼まれていた。まだ青函連絡船があった頃で、北海道に帰るには、飛行機か苫小牧行きのフェリーにでも乗らなければ、必ず函館で乗り換える事になっていた。当然、台本を渡してすぐ列車に乗るつもりであったが、メメに引き止められ彼女の家に連れて行かれた。御両親とお姉さんがいたか、それともお姉さんがいなくてその部屋に泊まったか、とにかく泊まる事になった。いい御両親だった。お父さんはシベリヤ帰りだといったから、演劇科の教授で「シベリア物語」を書いた長谷川四郎先生(函館出身)と同じだった。夕食後、市電かバスに乗り、坂を上ってトラピスト女子修道院に行った。今回調べて、トラピスト女子修道院というものはなく、トラピスチヌ修道院の記憶違いのようであった。その日は12月24日か25日で、雪がちらほら降っていた。女子修道院なので男子禁制だし、夜も遅く門が閉まっている。メメは、門の下をくぐって中に入るという。なんて奴だ!学校ではみんなメメに振り回されていたのでまたかと思ったが、ここまで来て引き返すのはしゃくなので、私も一緒に門の下をくぐって中に入った。あの頃は私もまだ、まるで青年のようだったから、難なく入れた。中は森然としていて、別世界のようだった。賛美歌だろうか歌が聞こえて来て、灯りのある、歌の聞こえる方まで行ってみた。人に会わない事を念じてしばらくうろうろしたが、何が起こるでもなく小さな冒険は終了した。雪の女子修道院で聞いた禁断の賛美歌、な〜んて、ロマンチックな物語として私の胸に残しておこう。ロマンチックな事はなかったが、そのメメも、もうこの世にはいない。葬儀に何人かで行ったのは、ちょうど今頃の時期だった。同期のミツエがお坊さんの奥さんになり、函館に住んでいて来てくれた。なんだかメメに書かされているような気がする今日のブログ。
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by miminashibiwa | 2016-01-17 02:34 | 耳ざわり通信